吉原の岡場所に葦原という郭が御座います。
決して、大きな見世じゃ御座いませんが、それでも頻繁に通う旦那集もおりまして。
暮6つの鐘が鳴る頃、若いお武家様がやって参りました。
刀を佩いてはおりますが、絣の着流しという姿にほおずきの鉢を下げて見世へと入って行きます。
このお武家様、佐々慎之介と申しまして、何でも旗本のお家柄だとか。
時折、気ままに尋ねてきては、夜を明かしていくので御座います。
さて、この佐々様、随分と酔狂なお方で、この葦原で如何な花魁振袖と遊ぶのかと思いきや。
「これは…佐々様、今日おいでになられるとは。」
「ああ、また上がらせてもらうよ、あきは元気にしているかね。」
「いや、あきより先に、今日は主人に大切な話しがあるのだが。」
あきと呼ばれた女子、慎之介が懇意にしている、禿(かむろ)の娘で御座います。
なんとこの旦那、葦原に来る度に禿の娘を座敷に上げ、宵を明けまで過ごしていくので御座います。
見世先で赤い着物に身を包んだあきを見初めて以来、この禿に夢中になっておりまして。
とはいえこの旦那、水揚げ前の娘に手を付けるような、野暮な事は致しません。
娘の酌で酒を飲みながら話をして、時にはお手玉などの娘遊びをしながら、宵を共にするのでありました。
本来、水揚げ前の娘に客を付けるのはご法度で御座いますが、慎之介があきを大層愛でており、金子の払いがよい事もあって、見世の主人も目を瞑っていたので御座います。
ところが、今宵に至っては慎之介の言葉に、葦原の主人が顔を曇らせて言葉に詰まっております。
「いや、しかし…これも縁というものでしょうか、実は…」
言い難そうに主人が語るには、つい今朝方にあきが亡くなったとの事でありました。
話を聞いた慎之介は、大層悲しまれまして。
主人の、言葉も聞き終わらぬままに、崩れる様に倒れてしまいました。
半刻が過ぎた頃に、慎之介はようやく目を覚ましました、どうやら奥座敷に運ばれたいたようで。
気が付くと、あきの姉役である格子のよねが慎之介を介抱しておりました。
「佐々様、此度のこと、なんとお詫びしたらよいか。」
よねが深々と頭を垂れる、よねは慎之介がどれほどにあきを愛でていたか、よくよく存じて御座いました。
「いや、お主が謝る事ではないよ、思えばもう年頃になろうというのに身体の小さな娘であった、これも天命なのであろう。」
そう言って慎之介が肩を震わせると、よねも袖で目尻を拭うのでありました。
やがて、慎之介は懐から金子を取り出すと、よねに手渡しました、銀が実に三十匁は御座います。
「これはな、あきの水揚げ代にと用意していた金子だ、あの娘がこのまま投げ込み寺に行くのは忍びない、せめてこれで弔いをあげてはくれぬか。」
「それと、無理を申すが、今宵あきと二人で今生の別れを済まさせてはくれぬよう、主人に取り次いではくれぬだろうか。」
よねは大層驚きましたが、ふたたび目尻を拭いまして。
「これほどまでに愛でていただき、あきは幸せ者で御座いんす、きっと取り次いで参りんす。」
「ただ、あきにも準備がありんすゆえ、少しばかりお待ちくんなましませ。」
「お待たせ致しんした、どうぞこちらへ。」
よねの案内で別の座敷に移りますと、慎之介を残して襖が閉じられました。
慎之介が目を凝らすと、愛しいあきがまるで眠っているかのように、横になっております。
艶やかな赤に染められた着物に身を包み、行灯の灯りに照らされている頬と唇には紅が引かれており、愛らしくも美しく色づいておりました。
慎之介は座ったまま、その軽い身体をおそるおそる抱き抱えますと、膝に乗せ何度も頭を撫でてゆきます。
化粧で色づいて見えた身体も抱き抱えればやはり冷たく、やはりあきは目覚める事はないのだと、慎之介は胸が引き裂かれるような思いを受けるのでありました。
ふと目を向けた先には、あきへの土産にと買い求めた、ほおづきの鉢がありました。
「ほおずき、かわいいなあ…」
鈴を転がすようなあきの声が、慎之介の胸に思い出されます。
ややこを降ろす際に使われる事もあるほおずきは、決して郭で好まれるものではありませんが、あきは大層に好んでおりまして。
よく慎之介の膝の上で、この赤い提灯のような実を、小さな手の上で転がしておりました。
禿の赤い着物や、紅を引いた愛らしい唇に映える、赤いほおづきと戯れるあきを見るのは、慎之介にとって何よりの楽しみで御座いました。
慎之介はあきの小さな手をそっと握ります。
以前とおなじに、膝の上で慎之介にしなだれ掛かっておりますが、その冷たい手が握り返してくる事は御座いません。
まだ夏も盛りの頃、こうしてあきの手を握りながら、大切な約束をしたのでありました。
「慎之介様、あきは慎之介様にお願いがありんす。」
あきの願いであれば、何事でもと思っておりましたが、あきの言葉は慎之介にとって思いもよらぬ事でありました。
「あきも、こなたの秋にはお座敷にあがりんす、きっと慎之介様の他にも旦那様のお相手をするのかとおもいんす。」
あきの言葉に、握る手が思わず力が入っておりました、まだ童と思っておりましたあきが、いつの間にか娘らしくなっている事に気が付いたので御座います。
それに、座敷に上がるという事は、客を取るという事で御座います。
慎之介の胸の内は激しく乱れておりました。
「あきは、まことなら慎之介様のほかに、お座敷にあがりたくはございんせん。」
あきは、痛い程に握られた手を握り返して、慎之介の胸に頭を預けると、小さな肩を震わせておりました。
「ただ、願いがかなうのでありんしたら、せめて慎之介様に水揚げをしていただきたく思いんす。」
慎之介は、ただあきを手を強く握ったまま、必ずと約束を交わしたのでありました。
どれほどの間、あきを抱きしめていたでしょうか、新之助は香を焚き詰めた着物の襟から、あきの白いうなじが覗いているのに気づきました。
未だ座敷に上がる前の禿であるあきの髪は結い上げておりませんが、その紅い着物から覗く脚や首筋は、童でも娘でもない色気をもっておりました。
既に息を引き取ったあきの身体に惹き付けられるのには気が咎めましたが、力無く首を後ろに倒したあきが、まるで求めるかのように紅い唇を向けたのを見て、慎之介は思わず小さな唇に口付けておりました。
あれほど長い時間を共にしておりながら、あきに口付けるのは始めてのことで御座います。
愛おしい娘の冷たい唇に口付けながら、新之助のほおを涙が伝いました。
なぜ、もっと早くにこうしてやれなかったのかと。
「このような形になってしまったが、あの時の約束を果たそうぞ。」
新之助が丁寧に丸帯を解いていきますと、赤い着物がすべり落ち袖の鈴がりんと鳴りました。
着物の下に着ていたのは、これもまた赤も艶やかな小袖で御座います。
丈の短い小袖から覗く、細い手足に慎之介は、思わず唾を飲み込みます。
これ以上あきの身体を覗く事に手が震えましたが、ゆるりと小袖の胸元に手を差し伸べますと、そこには小さいながらも確かに膨らんで御座います。
何時に間にかには、慎之介の露茎もたけり、気は小袖のすそから覗くあきの蕾に見入っておりました。
そして、遂にあきとのまぐわいを果たそうと致しますが、まだ童のあどけなさを残すあきの身体は小柄な上、閉じた胎貝は固く思うようにはまいりません。
無理をしてはあきの身体を壊してしまうと、何度も擦りあげながら茎の雫をなじませて行き、遂には貝を割りあきの洞へと入って参りました。
新之助は、ゆるりと洞を擦り上げ、愛おしいあきの身体の締め付けに熱い息を吐くと、冷たい身体を抱きしめながら果てるのでありました。
その後も、新之助は失ったものを取り戻す様に、あきと語り、触れ、ときにまぐわいながら、明けまであきとの別れを惜しんだので御座います。
まだ暑さの残る夕刻の頃で御座います。
景色を赤く染めるような夕焼けの中、りんと風に鈴が鳴りました。
赤く染められた石塔の前で、なお一際赤いほおづきの実が、鈴と一緒に風に揺れております。
西方寺の童女塚には、秋になると決まって一鉢のほおづきが供えられているのであります。
去年も一昨年も、そしておそらくは来年の秋も。
愛らしい、真っ赤なほおづきが、風に揺れているので御座いましょう。