山間にある小さな町、やや過疎化が進んでいるとはいえ、住人が老人ばかりという訳ではない。
公共の交通機関が単線のみなのは不便であるが、都会の喧騒から離れた静けさに、過ごし良さを感じる住人も多い町である。
馴染みの住人が多いせいか、夏場には窓を開け放している家も多い。
その日の夜も、昼間のじっとりとした暑さが残り、多くの家に虫や蛙の声が、網戸越しに飛び込んで来ていた。
都会と違って、ネオンや外灯の少ないこの町では、見上げると満天の星空が目に入る。
そしてこの夜、何人かの住人が幾筋もの流星を目にしていた。
この町で流星群を目にするのは、それほど珍しい事ではない、実際それを目にしていた住人も、大して気にする事もなく思い思いの時間を過ごしていた。
しかし、この山裾へと流れて行った流星は、町に住む人々の常識をはるかに越える物であった。
町を見下ろす高台に蠢く物、硬い外骨格に節のある身体、長い多脚の先は鋭い爪があり、それが動き回るたびにチキチキと音を上げる。
それは、見た目で言うなら昆虫に似た物であった、しかし2メートルを越える昆虫などありはしない。
それに、その姿は昆虫とは似て異なるもの、外骨格の周りにぬめぬめとした粘液を纏っている物もいる。
彼等こそが、流星の正体であった。
宇宙を渡り、この地球へと辿り付いた、人知を超えた存在。
しかし、その人知を超えた存在が地球へと来た理由は単純な事であった、生物としての本能、捕食と繁殖である。
そう、彼等はこの場所に、獲物を見つけたのだ。
一方、町を挟んで反対側の山中で、目覚めた者達がいた。
爛々とした紅い目を光らせた彼等、一見ヒトの様であるが、何れも2.5メートルはある巨漢揃い。
その手足は丸太の様に逞しく、肉食獣の如く鋭い爪や牙を備えている。
そして、何よりも頭部に突き出した突起、角と言っても良いいだろうか。
かつて、この国の何処にも住み、絵巻や噺に語られた山への畏れ。
奪うもの、犯すもの、殺すもの、時につわものが挑むもの、彼等は鬼と呼ばれていた。
近代化の中で、人々は山への畏れを失い、つわもの共も居なくなった事で、彼等は古の物語りの中のみに語られる様になっていた。
しかし、彼等は目覚めた、数百年振りにつわものの存在を知ったからである。
相手はヒトであろうとなかろうと関係ない、永らく忘れていた狩猟と闘争を満たす機会であった。
そして、町の住人は何時もと同じ静かな夜を過ごしている。
悪夢の夜が始まろうとは、知る由もなかった